社員数が10人を超えたあたりから、多くの会社で同じ現象が起きます。総務担当者が、いつの間にかIT対応もこなすようになっているという現象です。最初は「パソコンのセットアップだけ」「プリンターの設定だけ」といった軽い依頼から始まります。しかし部署が2つ、3つと増え、それぞれが別々のSaaSを使い始める頃には、総務担当者は経理・労務・庶務に加えて、社内のIT全般まで背負う立場になっています。

問題は、この状態が「決定」ではなく「気づいたらそうなっていた」という形で成立してしまう点です。正式に「情シス担当」として任命されたわけでも、業務範囲が明文化されたわけでもなく、日々の依頼に応え続けた結果として役割が固定化していきます。このガイドでは、30人規模で特に起きやすいこの「なんとなく情シス」化の構造を整理し、兼任が完全に固定化してしまう前に、業務範囲と責任を文書化する具体的な方法を解説します。

なぜ10-30人規模で「なんとなく情シス」が生まれるのか

10人未満の創業期であれば、IT対応は社長やメンバー個人の場当たり対応で何とか回ります。契約しているシステムの数もまだ少なく、誰か1人が「なんとなく詳しい人」として対応していても、大きな支障は出にくいものです。しかし社員が10人を超え、部署という単位が生まれ始めると、状況は一変します。

営業部はSFA(営業支援システム)を、経理部は会計ソフトを、製造現場は独自の在庫管理表を、それぞれ別々に導入し始めます。各部署は自分たちの業務効率化のために良かれと思ってツールを選んでいますが、全社を横断してこれを把握している人は誰もいません。この「誰も全体を見ていない」空白を埋める形で、最も社内の事情に詳しく、かつ相談しやすい立場にいる総務担当者に、IT関連の相談が自然と集中していきます。

経営者の視点から見ると、この現象は都合よく映りがちです。専任の情シス担当を新たに雇う予算をかけずに、既存の総務担当が対応してくれている状態は、コスト面では合理的に見えます。しかし本人からすれば、正式な業務範囲の合意がないまま、対応範囲だけが際限なく広がっていく状態です。この非対称性こそが、後になって表面化するトラブルの根本原因になります。

「総務がIT対応もする」ことそのものは問題ではない

まず誤解を避けておきたいのは、総務担当者がIT対応を兼任すること自体は、決して悪いことではないという点です。30人規模の会社で専任の情シス担当を置く余裕がある会社は多くありません。むしろ、総務・経理・労務といった管理部門の業務とIT管理には共通点も多く(契約管理、台帳管理、社内ルールの整備など)、兼任という形は現実的な選択肢です。

問題になるのは、次の3つの要素が欠けたまま兼任が固定化することです。

  • 業務範囲の合意がない: どこまでがIT対応の範囲で、どこからが対象外なのかが決まっていない
  • 時間配分の合意がない: 本業とIT対応にどれだけの時間を割くべきかが決まっていない
  • 評価への反映がない: IT対応の負荷が、本人の評価や業務量の調整に反映されていない

この3つが欠けたまま状態が続くと、総務担当者は「頼まれれば断れない」立場に置かれ続けます。頼む側の各部署も、「総務に聞けば何とかなる」という前提が定着し、自分たちでツールを選ぶ際の相談先として当たり前に総務を頼るようになります。誰も悪意を持ってこの状態を作っているわけではないのに、気づけば1人に負荷が集中する構造が出来上がっているのです。

30人規模特有の「複数部署からの板挟み」問題

10人未満の段階と30人規模の段階で最も違うのは、依頼元の数です。10人未満であれば、依頼してくる相手はせいぜい社長を含む数人に限られます。しかし30人規模になると、営業・経理・製造・カスタマーサポートといった複数の部署から、それぞれ異なる優先順位でIT関連の依頼が飛んできます。

ここで起きるのが「板挟み」の問題です。営業部長からは「新しい顧客管理ツールを今週中に導入したい」と急かされ、経理部からは「請求書のフォーマットが崩れたので今すぐ直してほしい」と言われ、社長からは「そもそも会社全体のIT予算を考えてほしい」と頼まれる。それぞれの依頼元は、自分の依頼が最優先だと考えており、総務担当者が他の部署からも同時に依頼を受けていることを想像していません。

この板挟み状態が続くと、総務担当者は「どの依頼を優先すべきか」を毎回自分の判断だけで決めることになります。判断基準が明文化されていなければ、声の大きい部署、あるいは役職の高い人からの依頼が優先されやすくなり、結果的に不公平感や社内の不満につながることもあります。

ステップ1: 現状の対応範囲を「棚卸し」する

役割整理の第一歩は、今現在どのような対応を実際に行っているかを棚卸しすることです。多くの場合、総務担当者自身も自分がどれだけの範囲を対応しているか、正確には把握できていません。日々の依頼に反射的に対応しているうちに、対応範囲の全体像を意識する余裕がないまま時間が過ぎているためです。

棚卸しには、最低でも2週間、できれば1ヶ月分の記録を取ることをお勧めします。次のような簡易フォーマットで、依頼が来るたびに記録していきます。

項目記載内容の例
依頼日2026年8月3日
依頼元部署営業部
依頼内容新しい名刺管理アプリを試したいので選定を手伝ってほしい
対応時間約2時間(比較検討+導入設定)
本来業務との関係総務の業務範囲外(部署独自のツール選定)

この記録を1ヶ月続けると、思っていた以上に多くの時間がIT対応に割かれていることが可視化されます。実際に記録を取った担当者からは、「自分では週数時間程度だと思っていたが、集計してみたら週10時間を超えていた」という声がよく聞かれます。この数字は、次のステップである経営者への説明の際に、極めて重要な根拠資料になります。

ステップ2: 「本来業務」と「IT対応」を切り分けて可視化する

棚卸しのデータが集まったら、次は依頼内容を分類していきます。分類の軸として有効なのは、「総務としての本来業務に近いもの」と「本来は各部署が自分たちで判断すべきもの」の2つに分けることです。

  • 総務の本来業務に近いIT対応: 契約書の管理、全社共通のアカウント管理、セキュリティに関わる全社ルールの整備など
  • 本来は各部署が判断すべきだが、頼られているもの: 部署固有のツール選定、部署内の使い方サポート、個別のトラブル対応など

この切り分けを行うと、多くの場合、後者の「本来は各部署が判断すべきもの」が想像以上に多いことに気づきます。各部署が「よく分からないから」という理由で総務に丸投げしている業務が、実は各部署自身で対応可能、あるいは対応すべき業務であるケースは少なくありません。

この可視化のプロセスは、属人化を防ぐ社内システム管理台帳の作り方で紹介されている台帳の考え方とも通じます。「誰が」「何を」把握しているかを一覧化するという発想は、業務範囲の整理にもそのまま応用できます。

ステップ3: 業務範囲を文書化し、経営者の承認を得る

棚卸しと切り分けが終わったら、いよいよ業務範囲を文書として明文化します。ここで重要なのは、総務担当者が独断で「これはやりません」と決めるのではなく、経営者を交えて合意形成することです。文書化されていても、経営者の承認がなければ、各部署からの反発で形骸化してしまうリスクがあります。

文書に盛り込むべき項目は、次の4点に整理できます。

  1. 対応する業務の範囲: 全社共通のアカウント管理、契約管理、基本的なセキュリティルールの周知など
  2. 対応しない、あるいは限定的にしか対応しない業務の範囲: 部署固有ツールの詳細な操作サポート、業務時間外の緊急対応など
  3. 依頼の受付方法と優先順位の基準: チャットツールの専用チャンネル経由、緊急度に応じた対応順など
  4. 本業とIT対応の時間配分の目安: 例えば「業務時間の2割まで」といった大まかな上限

この文書は、法的な拘束力を持つ契約書のような厳格さを目指す必要はありません。社内向けの申し合わせ文書として、1〜2ページ程度にまとめれば十分機能します。重要なのは、口約束ではなく文書として残し、必要なときに参照できる状態にしておくことです。

「なんでも屋」から抜け出すための伝え方

業務範囲を文書化しても、実際の運用でうまくいかないケースがあります。多くの場合、原因は「断り方」にあります。総務担当者が各部署からの依頼を断る際、単に「それは総務の仕事ではないので」とだけ伝えると、依頼した側は「冷たくされた」「協力してもらえない」という印象を持ちやすくなります。

有効なのは、断る際に代替案をセットで伝えることです。例えば次のような伝え方が考えられます。

「そのツールの選定は、実際に使う営業部の皆さんで決めていただくのが一番だと思います。ただ、契約書の確認や社内のセキュリティ基準に合っているかのチェックは、総務でサポートしますので、候補が絞れたタイミングで教えてください」

このように、「全く関わらない」のではなく「関わり方を変える」という伝え方をすることで、依頼した側の納得感が大きく変わります。総務担当者としても、すべてを背負う立場から、必要なところだけを支援する立場へと、無理なく移行しやすくなります。

各部署に「最低限の判断力」を持たせる

業務範囲を切り分けた後、各部署が自分たちでツールを選定・判断できるようになるための最低限の基準を用意しておくことも有効です。判断基準が何もない状態で「自分たちで決めてください」と伝えても、各部署は結局「何を基準に選べばいいか分からない」と再び総務に相談してくることになります。

最低限、次のような基準を全社共通のルールとして共有しておくと、各部署が独自に判断しやすくなります。

  • 個人情報や機密情報を扱うツールは、必ず総務(あるいは情シス担当)に事前相談する
  • 月額料金が一定額(例えば5,000円)を超えるツールは、簡単な確認プロセスを経る
  • 無料プランであっても、全社で複数人が使う可能性があるツールは事前に共有する

こうした基準の作り方や、実際の申請フローの設計については、部署が増えるたびにツールが増える会社のIT導入申請ルールの作り方で詳しく解説していますので、あわせて参照してください。

責任の所在を明確にする: 「誰が最終判断するか」

業務範囲の整理と並行して重要なのが、責任の所在を明確にすることです。特に、セキュリティに関わる重大な判断(機密情報を扱うツールの導入可否など)について、最終的な判断者が誰なのかを決めておく必要があります。

多くの30人規模の会社では、この判断が「なんとなく総務担当者が最終判断者になっている」状態になっています。しかし、総務担当者に法的な意味での最終責任を負わせることは、本人にとって過大な負担であり、また会社としてもリスクマネジメント上望ましくありません。IT導入や情報管理に関する最終的な意思決定は、経営者(あるいは経営者が指名した責任者)が担うことを明文化し、総務担当者はあくまで「実務の窓口・調整役」であるという位置づけを明確にしておくことが重要です。

この線引きは、万一トラブルが発生した際にも意味を持ちます。情報漏えいなどのインシデントが起きた場合、社内の対応フローや責任の所在が曖昧なままだと、対応が後手に回りやすくなります。IPA「中小企業の情報セキュリティ対策ガイドライン」でも、組織的な対応体制の整備が推奨されており、「誰が最終判断者か」を平時から明確にしておくことは、セキュリティ対策の土台としても重要な意味を持ちます。

業務範囲の文書化にかかる時間の目安

実際に業務範囲を文書化するまでにかかる時間の目安を示します。

  1. 棚卸し期間(2〜4週間): 日々の依頼内容を記録する
  2. 分類・整理(半日〜1日): 記録した依頼を「本来業務」と「本来は各部署が判断すべきもの」に分類する
  3. 文書のドラフト作成(半日程度): 4項目に沿って文書を作成する
  4. 経営者との合意形成(打ち合わせ1〜2回): 文書の内容をすり合わせ、承認を得る
  5. 社内周知(1回のアナウンス+数週間の定着期間): 全社に向けて新しいルールを共有する

トータルで見ると、棚卸し期間を含めて1.5〜2ヶ月程度が現実的な目安になります。急いで進めようとすると、棚卸しが不十分なまま文書化してしまい、実態と乖離したルールになりがちです。多少時間がかかっても、実際の業務実態を丁寧に反映させることを優先してください。

よくある失敗パターン: 文書は作ったが運用されない

業務範囲の文書化を進めた会社で、よく見られる失敗パターンがあります。それは、文書自体は立派に出来上がったものの、実際の運用に活かされないというパターンです。

「文書を作って社内共有はしたが、結局これまで通り総務に何でも相談が来る」

この失敗の多くは、文書を作った後の周知と定着のプロセスを軽視していることが原因です。文書を1回チャットツールで共有しただけでは、多くの社員はすぐに忘れてしまいます。定着させるためには、次のような工夫が有効です。

  • 新入社員のオンボーディング資料に、業務範囲の文書を組み込む
  • 各部署のミーティングで、定期的に(例えば四半期に1回)ルールを再確認する機会を設ける
  • 実際に依頼が来た際、その都度「このルールに沿うと、こちらで対応します/そちらで判断いただきます」と丁寧に案内し続ける

文書化は一度作って終わりではなく、継続的な運用を通じて初めて実効性を持ちます。特に最初の数ヶ月は、依頼のたびにルールを説明し直す手間がかかりますが、この地道な積み重ねが、やがて社内の共通認識として定着していきます。

経営者側が理解すべきこと: 兼任には限界がある

最後に、経営者の立場から理解しておくべき点についても触れておきます。総務担当者がIT対応を兼任すること自体は現実的な選択ですが、その兼任には物理的な限界があります。1人の人間が本業と兼任業務の両方を無限に引き受けられるわけではなく、会社の規模が拡大し、部署とツールの数が増え続ける限り、いずれ兼任だけでは対応しきれない量に達します。

この限界を見極める上で参考になるのが、社内の単一障害点、つまり「この人が抜けたら止まる業務」の数を数えるという視点です。総務担当者1人が兼任している業務のうち、他の誰も代わりが利かないものがどれだけあるかを把握しておくことは、いつ専任担当者への切り替えや外部リソースの活用を検討すべきかを判断する材料になります。この観点については、総務1人が退職したら止まる業務を今のうちに数える方法で具体的なチェック方法を解説しています。

経営者が「今のところ何とか回っているから大丈夫」と楽観視し続けると、兼任担当者の負荷は静かに、しかし確実に積み上がっていきます。定期的に本人の負荷状況をヒアリングし、限界が近づいている兆候(残業の増加、対応の遅れ、本業のパフォーマンス低下など)を早期に察知する姿勢が、経営者側に求められます。

部署ごとのツール導入状況の可視化と合わせて進める

業務範囲の整理は、単独で進めるよりも、実際にどの部署がどんなツールを使っているかの可視化と同時並行で進めるほうが効率的です。業務範囲を決めても、そもそも社内にどんなツールが存在しているかが分かっていなければ、線引きのしようがありません。

部署ごとにバラバラに導入されたツールを1枚の台帳で可視化する具体的な手順については、部署ごとに違うツールを使う10-30人組織の管理台帳の作り方で詳しく解説しています。業務範囲の文書化と管理台帳の整備は、車の両輪として同時に進めることをお勧めします。

属人化した暗黙知の洗い出しも忘れずに

業務範囲を整理する過程では、これまで総務担当者の頭の中にしかなかった暗黙知が数多く見つかります。「このツールのパスワードはこの人しか知らない」「このExcelマクロは作った本人しか触れない」といった暗黙知は、業務範囲の整理だけでは解消されません。

暗黙知の洗い出しと文書化については、「入社時に教わった通り」で回っている業務の属人化リスクの見つけ方で詳しく扱っています。業務範囲を整理する過程で見つかった暗黙知は、その場でメモを残し、後日まとめて文書化する流れを作っておくと、二度手間を防げます。

業務範囲の文書化サンプル: 実際にどう書くか

抽象的な説明だけでは実感が湧きにくいため、実際の文書のイメージを示します。仮に社員25人、営業・経理・製造・カスタマーサポートの4部署を持つ会社を例に、業務範囲文書の一部を再現してみます。

総務のIT対応に関する業務範囲(2026年8月改定)

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1. 対応する業務: 全社共通アカウント(メール・チャットツール)の発行と削除、契約書・請求書の一元管理、全社セキュリティルールの周知、新規ツール導入時の形式確認
2. 対応しない業務: 各部署固有ツールの詳細な操作サポート(各部署内で解決するか、提供元サポートを利用)、業務時間外(19時以降・休日)の緊急対応(緊急時は経営者に直接連絡)
3. 依頼の受付方法: 社内チャットツールの「#it-soudan」チャンネル経由。緊急度が高い場合はその旨を明記する
4. 本業とIT対応の時間配分の目安: 業務時間の2割程度を上限とし、それを超える依頼が続く場合は経営者に相談する

このように、具体的な業務名と、対応する/しないの境界線を明記することで、依頼する側も依頼される側も、迷いなく判断できるようになります。特に「対応しない業務」を明記することは、心理的なハードルを感じやすい部分ですが、書かれていないより書かれているほうが、結果的に総務担当者を守ることにつながります。

部署責任者側にも求められる姿勢

業務範囲の整理は、総務担当者と経営者だけで完結する話ではありません。各部署の責任者にも、一定の姿勢の変化が求められます。これまで「困ったらとりあえず総務に聞けばいい」という姿勢に慣れていた部署責任者にとって、この整理は最初、不便に感じられるかもしれません。

部署責任者に理解してもらいたいのは、次の2点です。

  • 自部署で導入するツールの選定・運用は、基本的に自部署の責任で行うものであること
  • 総務への相談は「丸投げ」ではなく「必要な確認事項の共有」であるべきこと

この姿勢の変化を促すには、経営者から各部署責任者へ、業務範囲整理の趣旨を直接説明する機会を設けることが効果的です。総務担当者本人からの説明だけでは、「総務が仕事を減らしたがっている」という誤解を招きやすいため、経営者からの説明を組み合わせることをお勧めします。

兼任の限界を示す簡易セルフチェック

自社の総務担当者が「なんとなく情シス」化のどの段階にあるかを把握するために、次のセルフチェックを活用してください。当てはまる項目が多いほど、早急な整理が必要な状態です。

  • 総務担当者のIT対応時間を、経営者が正確に把握していない
  • 「これは総務の仕事か」を判断する基準が社内に存在しない
  • 複数部署から同時にIT関連の依頼が来て、優先順位に迷うことがある
  • 総務担当者が休暇中、IT関連の依頼が滞留したり、他の誰かが対応できずに困ったりしたことがある
  • 業務範囲について、総務担当者と経営者の間で一度も話し合ったことがない

5項目のうち3つ以上に当てはまる場合は、このガイドで紹介した棚卸しと文書化に、早めに着手することをお勧めします。

経営者が最初にすべき「時間の可視化」という投資

業務範囲の整理に着手する際、経営者がまず取り組むべきなのは、総務担当者のIT対応時間を正確に把握することです。多くの経営者は、この時間を実際よりも少なく見積もっています。理由は単純で、総務担当者は日々の業務の中でIT対応をこなしているため、外から見ると「いつも通り仕事をしている」ようにしか見えないためです。

実際に時間を可視化する方法として、次の2つのアプローチが考えられます。

  • タイムトラッキング形式: 1〜2週間、業務の合間に「今、何にどれだけ時間を使ったか」を簡単なメモやアプリで記録してもらう
  • 振り返り形式: 1週間の終わりに、その週にあったIT関連の依頼と、それぞれにかかった時間を思い出しながら記録してもらう

どちらの方法でも構いませんが、重要なのは記録を本人任せにせず、経営者自身がその記録を必ず確認し、フィードバックを返すことです。「思っていたより時間がかかっているんだね、ありがとう」という一言があるだけで、本人が感じる「見てもらえている」という安心感は大きく変わります。

兼任の限界を超えたときに検討すべき選択肢

業務範囲を整理し、断り方を工夫しても、会社の成長とともに依頼の絶対量が増え続け、いずれ兼任の限界を超える瞬間が訪れます。この限界を超えたサインとしては、次のようなものが挙げられます。

  • 慢性的に残業が発生し、本業のクオリティにも影響が出始めている
  • 依頼への対応が数日単位で滞留するようになり、各部署から不満の声が上がる
  • 総務担当者本人が「もう対応しきれない」と明確に伝えてくる

これらのサインが見られた場合、経営者が検討すべき選択肢は主に3つあります。1つ目は、専任のIT担当者を新たに採用すること。2つ目は、外部の専門家やIT顧問と部分的な契約を結び、専門性の高い業務を切り出すこと。3つ目は、総務担当者のIT対応時間を正式に業務時間として確保し、他の業務を別の人に振り分けることです。

どの選択肢を選ぶにせよ、重要なのは「兼任には物理的な限界がある」という前提を経営者が受け入れることです。この前提を受け入れないまま、「もっと効率よくやってほしい」という精神論だけで乗り切ろうとすると、本人の疲弊が限界に達し、突然の離職という最悪の形でリスクが顕在化しかねません。

まとめ: 「なんとなく」から「決めた上で」へ

30人規模の会社で総務担当者がIT対応を兼任すること自体は、決して間違った選択ではありません。問題は、その兼任が「なんとなく」始まり、「なんとなく」固定化してしまうことです。業務範囲が合意されないまま役割が広がり続けると、本人の負荷は際限なく増え、会社としてもリスクの所在が曖昧になります。

このガイドで紹介した棚卸し・切り分け・文書化・経営者との合意形成というプロセスは、どれも特別な専門知識を必要としません。必要なのは、「なんとなく」で済ませてきた状態を、一度立ち止まって「決めた上で」の状態に置き換える意思です。総務担当者本人だけでなく、経営者と各部署が一緒になってこの整理に取り組むことで、無理のない兼任体制を長く維持できるようになります。

部署が増え、ツールが増え、依頼が増え続けるこの段階だからこそ、今のうちに業務範囲を文書化しておく価値があります。会社がさらに成長し、専任の情シス担当を置く段階になったときも、この整理の土台があれば、引き継ぎははるかにスムーズに進みます。自社の状況を客観的に把握したい場合はひとり情シス危険度診断も、あわせてご活用ください。