「今月も勤怠のExcelファイル、集計が合わない」。月末になるとそんなつぶやきが聞こえてくる会社は少なくありません。従業員が自己申告で始業・終業時刻を入力し、それを担当者が電卓片手に手集計し、残業時間が36協定の上限に近づいていないか目を凝らして確認する――そんな運用を何年も続けている会社は、決して珍しくないはずです。
Excelでの勤怠管理には、集計ミスや二重入力といった「業務効率」の問題だけでなく、もう一段深刻な論点があります。それは、労働基準法が使用者に求める「労働時間の客観的な把握」という要件を、自己申告ベースのExcel運用がそもそも満たせているのかという法対応の問題です。厚生労働省は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」で、始業・終業時刻の確認・記録は原則として使用者が自ら現認するか、タイムカードやICカードなど客観的な記録を基礎とすべきだと定めています。自己申告制はあくまで「上記の方法によることなく、自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合」の代替手段であり、そこには追加の措置が求められます。
この記事は、勤怠管理をExcelで行っており、労働時間の集計ミス・36協定の管理・打刻の客観性(本人の申告ではなく、タイムカードの打刻やICカードの入退室ログなど、機械的に記録される第三者性のあるデータに基づいているかどうか)といった点で漠然とした不安を感じている情シス・総務兼任の担当者に向けて書きました。法律の専門家ではない方を想定し、専門用語は初出時に言い換えながら進めます。断定できない法的判断については、社会保険労務士等の専門家に確認すべき論点として明示します。
この記事で分かること
結論を先に言うと、Excelでの勤怠管理そのものが直ちに違法というわけではありません。しかし、Excelという道具の性質上、厚生労働省が求める「客観的な記録による把握」を満たしにくい構造的な弱点があり、放置すると集計ミスや36協定違反といった実害につながりやすいという点が重要です。
この記事では、次の流れで解説します。
- Excel勤怠管理で法対応上どこが弱点になりやすいか
- 厚生労働省のガイドラインが求める「客観的な記録」とは何か
- 36協定の上限規制とExcel運用の相性が悪い理由
- 賃金台帳の記載義務と罰則の一次情報
- 今のExcel運用のリスクをセルフチェックする方法
- 法対応を維持しながら移行を検討する際の考え方
Excelを今すぐ全廃すべきだと煽ることは、この記事の目的ではありません。重要なのは、自社の運用が法的にどこまで安全で、どこから危ういのかを客観的な基準で把握することです。
Excelでの勤怠管理、何が「法対応の限界」なのか
結論から言うと、Excelでの勤怠管理が抱える法対応上の限界は、大きく3つに整理できます。「客観性の欠如」「改ざん耐性の弱さ」「集計・監視の手作業依存」です。
Excelは表計算ソフトであり、そもそも勤怠管理専用に設計されたツールではありません。従業員が手入力で始業・終業時刻を打ち込み、関数で集計するという運用は、入力する人の善意と正確さに全面的に依存します。この構造そのものが、後述する厚生労働省のガイドラインが警戒する「自己申告制の不適正な運用」と地続きです。
法対応の限界は、次の3つの場面で具体的に表面化します。
- 客観性の欠如: 誰がいつセルに入力したかの記録が残らず、実際の勤務実態と乖離していても検証できない
- 改ざん耐性の弱さ: 過去の入力値を誰でも簡単に書き換えられ、変更履歴も基本的には残らない
- 集計・監視の手作業依存: 36協定の上限に近づいているかどうかの確認を、担当者が都度手計算・目視で行う必要がある
これら3つは独立した問題ではなく、互いに絡み合っています。客観性がないから改ざんに気づけず、改ざんに気づけないから集計の手作業に頼らざるを得ず、手作業に頼るから上限超過の見落としが起きる、という悪循環です。
ある卸売業の総務担当者は、月末に残業時間の集計をExcelで行っていましたが、繁忙期にある社員が「打刻し忘れたので後で自己申告で直しておきます」と伝え、実際の退勤時刻より早い時刻をセルに入力していました。担当者はその変更に気づかず、結果として36協定の特別条項の上限に実際は達していたにもかかわらず、記録上は超過していないように見えてしまっていました。
この事例のように、Excelでの勤怠管理は「入力された数字を信じるしかない」という前提の上に成り立っています。次の章では、この前提が厚生労働省の求める基準とどうずれているのかを、一次情報に沿って確認します。
厚生労働省ガイドラインが定める「客観的な記録による把握」
まず押さえておきたいのは、労働時間の把握方法について、厚生労働省が明確な優先順位を示しているという事実です。厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法として、次の2つが挙げられています。
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。
イ タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。
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(出典: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)
このガイドラインは平成29年1月20日に策定されたもので、労働基準法のうち労働時間に係る規定が適用される全ての事業場を対象としています。企業規模を問わず適用される点も重要です。
ここで注意したいのは、ガイドラインが自己申告制そのものを禁止しているわけではないという点です。ガイドラインは「上記(2)の方法によることなく、自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合」に限り、自己申告制を許容しています。つまり、自己申告制は「客観的な記録が取れない場合の代替手段」という位置づけであり、Excelへの手入力だけで完結させてよいという原則にはなっていません。
自己申告制を採用する場合、ガイドラインは使用者に次のような追加の措置を求めています。
- 対象労働者に対し、労働時間の実態を正しく記録し適正に自己申告を行うことについて十分な説明を行うこと
- 実際に労働時間を管理する者に対し、自己申告制の適正な運用を含めた措置について十分な説明を行うこと
- 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか、必要に応じて実態調査を実施し補正すること
- 特に、入退場記録やパソコンの使用時間の記録など、事業場内にいた時間の分かるデータがある場合、自己申告の労働時間との間に著しい乖離が生じているときは実態調査を実施すること
- 労働者が自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、上限を超える申告を認めないなど、適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと
このうち特に見落とされがちなのが、「事業場内にいた時間の分かるデータを有している場合」の実態調査義務です。多くの会社では、入退室記録用のICカードやPC起動ログといった客観的なデータをすでに別の目的(セキュリティ管理等)で保有しています。それにもかかわらず、勤怠管理はExcelへの自己申告のみで完結させ、これらのデータと突き合わせる運用がされていないケースは少なくありません。ガイドライン上、両者に著しい乖離が生じている場合は実態調査と補正が求められるため、この突き合わせを行っていないこと自体がリスクになり得ます。
そもそも「労働時間」とは何か。打刻だけでは足りない場合
Excelでの集計方法を見直す前に、押さえておくべき前提があります。それは、「労働時間」の範囲は、始業・終業のタイムカード打刻だけで自動的に決まるわけではないという点です。厚生労働省のガイドラインは、労働時間の考え方について次のように定義しています。
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる。
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(出典: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)
さらに、ガイドラインは労働時間として扱わなければならない時間の具体例を3つ挙げています。
- 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
- 使用者の指示があった場合には即時に業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間(いわゆる「手待時間」)
- 参加することが業務上義務づけられている研修・教育訓練の受講や、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間
これがExcel運用にとって何を意味するかというと、「始業・終業の打刻時刻の差」だけを労働時間として機械的に集計しても、実態を正しく反映できていない可能性があるということです。例えば、始業前の制服への着替えや、終業後の片付けが業務上義務づけられている場合、その時間も労働時間に含める必要があります。Excelのシートに「始業時刻」「終業時刻」の2列しかなく、その差分だけを残業時間として計算している運用では、こうした周辺時間が構造的に抜け落ちてしまいます。
ガイドラインはこの点について、労働契約や就業規則の定めにかかわらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかどうかで客観的に定まるとしています。つまり「就業規則にそう書いていないから労働時間ではない」という主張は、実態が指揮命令下にあると評価される限り通用しません。この判断は個別の事実関係に強く左右されるため、自社のケースが該当するかどうかは、社会保険労務士等の専門家に確認することをおすすめします。
Excel運用で「客観的な記録」を満たせているか、3つの確認ポイント
ここまでの内容を踏まえると、自社のExcel勤怠管理が法対応上どの位置にあるかは、次の3点を確認することで大まかに把握できます。
- 始業・終業時刻の入力元は何か: タイムカード・ICカード・PCログの打刻データを転記しているのか、それとも従業員の記憶に基づく手入力(純粋な自己申告)なのか
- 入力後の改ざん・修正の履歴が残るか: セルの値を後から書き換えた場合、いつ・誰が・何を変更したかを追跡できるか
- 客観的な裏付けデータとの突き合わせを行っているか: 入退室記録やPCログなど、勤怠とは別に存在する客観データと、自己申告の乖離を定期的に確認しているか
3点すべてに問題がないと言い切れる会社は、実際には多くありません。例えば「タイムカードで打刻はしているが、その値をExcelに手で転記している」という運用は、原始データは客観的でも、転記の過程で恣意的な修正が入り込む余地が残ります。「PCのログオン時刻を毎日Excelにコピーしている」という運用であれば、客観性という点では比較的安全ですが、それでも修正履歴が残らない点は変わりません。
次の表に、よくある3つの運用パターンと、それぞれの法対応上の位置づけをまとめました。
| 運用パターン | 客観性 | 改ざん耐性 | 法対応上の位置づけ |
|---|---|---|---|
| 従業員が記憶で手入力(純粋な自己申告) | 低い | 低い | ガイドラインの原則的方法に該当せず、追加措置が必須 |
| タイムカード等の打刻値をExcelに転記 | 中程度(転記段階で崩れる) | 低い | 客観的記録を基礎としているが、転記過程の正確性の担保が課題 |
| 勤怠システム等の打刻データをExcelで集計のみ | 高い | 打刻部分は高いが、集計シートの改変余地は残る | 原則的方法に近いが、集計工程の管理が別途必要 |
この表からも分かるとおり、「Excelを使っているかどうか」自体が問題の本質ではありません。問題は、始業・終業時刻という一次データがどこで生まれ、どのような経路でExcelに乗っているかという点です。純粋な自己申告(記憶による手入力)のみで完結している会社ほど、ガイドラインが求める水準からの乖離が大きくなります。
36協定の上限規制とExcelの相性が悪い理由
もう一つの論点は、36協定(労働基準法第36条に基づく労使協定で、法定労働時間を超える時間外労働・休日労働を可能にするために締結が必要な協定)の上限規制と、Excelでの手作業集計の相性です。
働き方改革関連法による労働基準法改正で、時間外労働の上限は罰則付きで法律に規定されました。厚生労働省の解説資料によれば、上限規制の内容は次のとおりです。
- 時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間であり、臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできない
- 臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも、以下を守らなければならない
- 時間外労働が年720時間以内
- 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
- 時間外労働と休日労働の合計について、2〜6か月平均がすべて1か月あたり80時間以内
- 時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6か月が限度
- 上記に違反した場合は、罰則(6か月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科されるおそれがある
(出典: 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」)
特に見落とされやすいのが、「特別条項の有無にかかわらず、1年を通して常に、時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内にしなければならない」という点です。仮に時間外労働そのものは月45時間以内に収まっていて特別条項の対象にならない場合であっても、休日労働と合算した結果が月100時間以上になれば法律違反になり得ます。つまり、時間外労働だけを見ていても不十分で、休日労働も含めた合算値を継続的に監視する必要があるということです。
この「複数月平均」「合算」「上限到達までの残り時間」を正確に把握し続けるには、単月の数字だけでなく、直近2〜6か月の移動平均を毎月計算する必要があります。Excelでこれを行うこと自体は関数を組めば技術的には可能ですが、次のような実務上の弱点が生じやすくなります。
- 関数を組んだ担当者が異動・退職すると、誰も計算式の中身を検証できなくなる(属人化の典型例)
- 従業員数が増えるたびにシートや行の追加作業が発生し、更新漏れのリスクが高まる
- 上限に近づいている従業員をリアルタイムで検知するアラート機能がなく、月末の手作業確認まで気づけない
- 複数月平均の計算式にミスがあっても、見た目上はエラーが出ないため発覚しにくい
これらはいずれも、Excelという道具そのものの欠陥というより、「本来は継続的な監視が必要な指標を、手作業の月次集計で代替している」という運用設計の問題です。しかし、その運用を支えているのがExcelである以上、道具の限界が運用の限界に直結してしまいます。
よくある誤解: 「今まで問題が起きていないから大丈夫」
Excelでの勤怠管理を続けている会社からよく聞かれるのが、「これまで労働基準監督署から指摘を受けたことがないので、今の運用で問題ないはずだ」という考え方です。この考え方には、注意すべき落とし穴があります。
労働基準監督署の調査(臨検監督)は、すべての事業場に定期的に入るわけではありません。従業員からの申告や、長時間労働に関する情報提供、あるいは労働災害の発生などをきっかけに実施されることが多く、これまで調査対象になっていないことは、運用が適法であることの証明にはなりません。むしろ、次のような状況になって初めて問題が表面化するケースが典型的です。
- 従業員が退職時に未払い残業代を主張し、労働基準監督署や弁護士に相談する
- 長時間労働による健康障害(過労死・過労うつ等)が労働災害として認定され、労働時間の記録の正確性が争点になる
- 取引先や金融機関からの信用調査、上場準備のデューデリジェンスで労務管理体制を指摘される
いずれのケースでも、争点になるのは「実際の労働時間を客観的に証明できるか」です。Excelへの自己申告のみで運用してきた場合、後から「この記録は実態を反映していない」と主張されたときに、それを覆す客観的な証拠を提示できない可能性があります。逆に言えば、タイムカードやICカードなどの客観的な記録を基礎とした運用であれば、こうした場面でも記録の信頼性を主張しやすくなります。
「問題が起きていないから大丈夫」ではなく、「問題が起きたときに説明できる状態を今から作っておく」という発想への転換が、法対応の本質です。
なぜ自己申告ベースのExcel運用が生まれやすいのか
ここまで法対応上の弱点を中心に説明してきましたが、Excelでの自己申告制による勤怠管理が生まれる背景にも触れておきます。多くの場合、これは担当者の怠慢や無知が原因ではなく、次のような事情の積み重ねによるものです。
- 会社設立当初は従業員数が少なく、Excelでの手集計でも十分に対応できていた
- 勤怠管理システムの導入にはコストと工数がかかり、優先順位が上がらないまま従業員数だけが増えていった
- タイムカードやICカードの打刻機器はあるものの、それをExcelに転記する作業が定着し、いつの間にか転記作業自体が形骸化していた
- リモートワークの拡大により、オフィスでの打刻という前提が崩れ、自己申告に頼らざるを得ない場面が増えた
特に最後のリモートワークの論点は、近年多くの会社が直面している課題です。オフィス勤務であればICカードやタイムカードで客観的な記録を取りやすい一方、自宅などオフィス外での勤務では、PCのログオン・ログオフ時刻や、業務用チャットツールのステータス変更時刻など、代替の客観的記録をどう設計するかが課題になります。この点も、既存の入退室記録だけに頼らず、勤務形態に応じた客観的記録の取得方法をあらためて検討する必要がある領域です。
いずれにしても、今の運用に至った経緯があるからといって、その運用を続けてよいという結論にはなりません。経緯を理解した上で、どこから優先的に手を入れるべきかを判断することが重要です。
賃金台帳の記載義務と保存義務、一次情報での確認
勤怠管理の話は、賃金台帳の話と切り離せません。厚生労働省のガイドラインでは、賃金台帳の適正な調製について次のように定められています。
使用者は、労働基準法第108条及び同法施行規則第54条により、労働者ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を適正に記入しなければならないこと。
また、賃金台帳にこれらの事項を記入していない場合や、故意に賃金台帳に虚偽の労働時間数を記入した場合は、同法第120条に基づき、30万円以下の罰金に処されること。
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(出典: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)
さらに、労働時間の記録に関する書類の保存についても、次のように定められています。
使用者は、労働者名簿、賃金台帳のみならず、出勤簿やタイムカード等の労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存しなければならないこと。
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(出典: 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」)
ここで重要なのは、「Excelファイルそのものが賃金台帳の代わりになるかどうか」ではなく、「必要な事項が適正に記入され、3年間の保存に耐える状態で管理されているかどうか」が問われているという点です。Excelファイルであっても、記載事項が揃っていて改ざんがなく、確実に3年間保存されていれば、形式上は問題になりません。
逆に言えば、次のような状態は保存義務の観点からもリスクになります。
- 個人のパソコンのローカルフォルダにのみ保存されており、そのパソコンが故障・紛失すると記録が失われる
- ファイル名の管理がされておらず、過去の月のデータが上書きされて消えている
- 退職者の記録を含むファイルを、退職後すぐに削除してしまっている(3年間の保存義務に抵触するおそれ)
これらは法律論というより情報管理の基本ですが、Excelでの運用は「担当者個人の管理習慣」に依存しやすいという点で、システム的なバックアップ・保存期間管理を備えたツールに比べて構造的にリスクが高くなりがちです。
自社のExcel勤怠管理、危険度をセルフチェックする
ここまでの内容を踏まえ、自社のExcel勤怠管理がどの程度の危険度にあるかを、次のチェックリストで確認してみてください。
- [ ] 始業・終業時刻を、タイムカード・ICカード・PCログなど客観的な記録ではなく、従業員の記憶による手入力のみで管理している
- [ ] 入力後の値を誰が・いつ・なぜ修正したか、履歴として追跡できない
- [ ] 36協定の複数月平均・年間合計を、月末に手作業で計算・確認している
- [ ] 残業時間が上限に近づいている従業員を、リアルタイムで検知する仕組みがない
- [ ] 勤怠ファイルが個人のパソコンや特定の共有フォルダにのみ保存されており、バックアップ体制が明確でない
- [ ] 集計用の関数・マクロを作った担当者が、既に異動・退職している、またはその予定がある
- [ ] 入退室記録やセキュリティログなど、勤怠とは別に存在する客観データとの突き合わせを行っていない
該当数が多いほど、法対応上のリスクは高いと考えられます。特に1つ目と3つ目は、厚生労働省のガイドラインが明示的に問題視している「客観的記録の欠如」「上限超過の見落とし」に直結するため、該当する場合は優先的な見直しの対象になります。
ただし、このチェックリストはあくまで一般的な傾向を整理したものであり、個別の状況が法律違反に該当するかどうかの判断は、社会保険労務士等の専門家に確認することをおすすめします。特に、自社の36協定の内容や特別条項の有無、業種特有の労働時間制度(変形労働時間制やみなし労働時間制など)が絡む場合は、一般論だけで判断せず専門家の確認を挟むことが重要です。
法対応を維持しながら、Excelからの移行を検討する
Excelでの勤怠管理に危険度サインが見つかったとしても、翌日から全社的なシステム移行に踏み切る必要はありません。段階的に法対応の水準を上げていく方法があります。
まず取り組みやすいのは、始業・終業時刻の入力元を客観的な記録に近づけることです。すでに社内にICカードやPCログオンの記録がある場合、それを勤怠集計の一次データとして使う運用に切り替えるだけでも、ガイドラインが求める「客観的な記録を基礎とした確認」に近づきます。Excelを完全に手放さなくても、入力元を変えるだけで法対応上の位置づけは変わります。
次に検討したいのが、36協定の上限管理を自動化する仕組みです。Excelの関数で複数月平均を計算する運用を続けるのではなく、Power Automateのような自動化ツールで毎月の集計と閾値超過のアラートを仕組み化する、あるいは勤怠管理に特化したSaaS・ノーコード・ローコードツールへの部分的な移行を検討する、といった選択肢があります。特に、上限到達が近い従業員を自動で検知できる仕組みは、担当者の見落としリスクを大きく減らします。
最後に、いきなり大規模なシステム移行を決断できない場合でも、次のような優先順位で検討を進めることをおすすめします。
- 始業・終業時刻の入力元を、可能な範囲で客観的な記録に近づける
- 36協定の複数月平均・合算値の計算を、手作業から半自動・全自動に切り替える
- 賃金台帳の保存体制(バックアップ・保存期間)を明確なルールに落とし込む
- 上記でも不十分な場合、勤怠管理に特化したシステムへの移行を検討する
移行先の選定や費用感、社内システム全体の中でどこまでシステム化すべきかの判断については、脱Excelの判断フローや移行費用の考え方を扱った別記事もあわせて参考にしてください。
まとめ
Excelでの勤怠管理そのものが直ちに違法というわけではありません。しかし、厚生労働省のガイドラインが原則として求めているのは、始業・終業時刻を使用者が自ら現認するか、タイムカード・ICカード等の客観的な記録を基礎として確認・記録することです。従業員の記憶による自己申告のみに依存したExcel運用は、この原則から外れやすく、追加の措置が求められる代替手段の位置づけにとどまります。
さらに、36協定の上限規制は複数月平均や休日労働との合算といった継続的な監視を要求しており、月末の手作業集計だけではリスクを見落としやすい構造があります。賃金台帳の記載義務・保存義務も含め、今の運用が法対応上どこに位置しているのかを、この記事のチェックリストで一度客観的に確認してみてください。
最終的な法的判断が必要な場面では、社会保険労務士等の専門家への相談を検討することをおすすめします。次は、危険度チェックで「動くべき」と分かった後にどう進めればよいかを整理した記事もあわせてご覧ください。




